2014年12月2日火曜日

今日読んだ本

今日読んだ本は、「アルジャーノンに花束を」。この本を読んで、人生が充実したもののように思えた、そんな気分にさせてもらった。ただし、今朝読み終わったため、今日の試験は散々だったが...笑
前半、本の説明と感想、疑問点。後半、慢性疼痛コントロールの授業の記録。



この本は、知識を急激に詰め込み過ぎた人間が、賢くなった代わりに自己欺瞞に陥り、それ以前は周囲の人に好かれていたのに、それ以降は周囲の人たちを軽蔑するようになり、やがて一人も友達がいなくなる、そんな一人の男を、彼の視点から語っている。主人公はフェニルケトン尿症と呼ばれる先天異常が原因で、精神遅滞を呈しており、脳組織移植とホルモン療法によって少しずつ天才になっていくが、彼の周囲はそんな彼の変化についていけず、また彼自身も急激に成長する知能に対し、感情面での成長が遅れることになる。手術を受けた彼の知識と感情は全く別の速度で進化していくために、普通の人間ならば知識と感情をともに成長させていくときにしていくような順応をさせることなく、ギャップに苦しめられることになる。結果、道徳面での行動が希薄になり、周囲への配慮が乏しい人間へと成長していき、孤立する。この話の悲劇的なところは、主人公が小さいころに母親から虐待を受けていたことが原因で、次第に天才になっていくにつれてこの虐待の体験がフラッシュバックし、まともな情動を持った生活、特に異性との関係を持つことが困難になったことだ。これもまた、感情面での成長を遅らせていた原因でもあると示唆している。

この作品はSF作品に分類されるが、専門分野としては医学、特に脳科学への専門性が高い。僕自身、脳科学に携わっているおかげで、専門用語が乱立している部分の記述に対応できたが、2年前の自分ではおそらく難しかっただろう、と思うくらいにこの分野への造詣が深かった。また、精神遅滞に関しても、いくつもの種類があることを言っている。この点は現在の医学でもわかっており、主人公の先天性代謝障害に関しては対処法が見つかっている。(もちろん、すべての先天性精神遅滞に関しての治療法、対処法が確立しているわけではない。)

疑問に思ったのが、神経回路の発達具合と関連して思考がどのようなものになるのか、というものだ。この小説の表現型は、被験者(主人公)の「経過報告」であり、この報告は、手術当初はほとんどがひらがななのだが、日を重ねるごとに漢字を使い始め、句読点を使い始めたころから格段に読みやすくなってくる。特に、5月10日と5月15日との間の成長が目覚ましく、青年からいきなり賢者になったような文体の変化が面白い。ただ、このような表現は現実に照らし合わせると、一体どんな仮説から思いついたのか疑問である。子供の成長に即して日記をつけさせる習慣をしつけたものから思いついたのか、あるいはいろんなIQの人物の書く文章を吟味し、それらを小さい順に並べたとき、このような文章の特徴が出てきたのか。前者は一個人での連続性が担保されているのに対して、後者では同一人物でないことから思考の連続性が担保されていないため、必ずしも本文で書かれている変化をたどるとは限らない。もちろん、フィクションに対してあれこれ突っ込むのはナンセンスではあるが、いろいろと疑問点は残る。

しかし、読み終えたときの充実感は、今まで読んだどの小説よりも大きかった。悲しくて、嬉しくて、また、恋人が不憫になる。
この本は是非とも誰もに読んでもらいたい。

自己中心的な状態でそれ自体に吸収されてしまう心、人間関係の排除へと向かう心というものは狂暴さと苦痛へと導かれるのみである
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ところで、今日受けた授業では、痛みと情動の関係についての話だった。坐骨神経の慢性痛は、脳の情動系にどのような変化をもたらすのか、ということについて、事細かに研究されており、非常に興味深い内容だった。講義は大きく分けると3つに分けられる
1.慢性痛時の情動回路の変化
2.快楽中枢と痛みの関係
3.慢性痛と運動

1.では慢性痛時には帯状回へ痛みを伝える回路(坐骨神経→脊髄後角→視床背内側核→前帯状回)において、イソフルラン(即効性の吸入麻酔)下での熱刺激への応答が顕著であったことから、この神経回路のどこかで構造変化が起こっている。慢性痛のあるマウスで調べてみると、帯状回のアストロサイト(星型細胞)の細胞体のサイズが大きくなっていた。細胞質内を調べるとGAT-3というGABAを取り込むトンネルみたいなものがたくさんあり、これが神経伝達物質であるグルタミン酸からの刺激を受けると細胞表面に陥入し、GABAを細胞内に取り込んでしまう。結果、細胞周囲のGABA濃度が減少するため、抑制性のシナプスであるGABAシナプスにおいて十分に抑制が行われず、慢性痛時は刺激への感受性が高くなることにつながる。(アストロサイト内のゲノムにおいて、ヒストンがメチル化されたりアセチル化されることで、痛みを制御していると先生は言ってたけど、その辺はさっぱりわからない。。。)
また、これに関連して、GAT-3の発現が多くなると、睡眠のリズムも狂うことが説明できる。GAT-3の発現が増えると、GABAが少なくなり、睡眠時における脳の活動抑制が起きにくくなるため、nonREM睡眠の時間が短くなる。つまり、深い眠りに落ちることが難しくなる。
GABA関連での変化は他にも存在し、慢性痛を持つ人のGABA受容体では、BZ系睡眠薬への感受性が低下することが実験で明らかになった、とのこと。使われた薬剤はマイスリー(ゾルピデムなので、一応非BZ系の薬剤。受容体結合部位は確かBZ系と一緒だった気がする)だが、先生の仮説によると、GABA受容体へ結合することによって起きるアロステリックな構造変化が変化するのが原因だとか。別のサブユニットに結合する、プロポフォールやバルビツール系の薬剤は感受性が変化しないので、終末期医療での患者の疼痛コントロールではこちらを使うとのこと。ところで、このGABA受容体だが、エタノールもαサブユニットに間接的にだが作用することが昔からわかっている。そこで、先生に質問したのだが、今回の実験は動物実験とともに臨床試験も行われており、患者に酒を飲ますのは倫理的にダメってことで試していないとのこと。慢性痛があるのに病院に通っていない人はたくさんいると思うから、そう言う人たちの睡眠を担保するためにも、酒で慢性疼痛患者のGABA受容体の活性が上がるのかどうかを調べるのも立派な社会貢献だと思う。

2.快楽と痛みの関係
この辺は授業では大きく時間を割かれていたが、専門外である遺伝子分野の話がメインだったため、結論だけ書くと、「ドーパミンがあると痛みが一時的にやわらぐ」「ドーパミンを出すμオピオイド受容体に作用する、モルヒネを用いると、健常者では依存性を形成するが、慢性疼痛患者では依存性を形成しない(ただし、慢性疼痛といっても、いろいろな表現型があるため、一概にモルヒネを疼痛コントロールの選択薬に入れることは危険との認識)」

3.運動と慢性疼痛
2.で書いたようにドーパミンは痛みをコントロールするので、運動が疼痛コントロールにどのように寄与するか、という話。結論から言うと、有酸素運動ではドーパミンが出るため、慢性疼痛に効く。また、運動することで得られる熱も役に立つらしい。

と長々と記録したが、まとめると
慢性疼痛は
1.神経回路が変化してしまうため、痛みに敏感になり、眠りも浅くなる(脳科学的に)
2.ドーパミンが一時的に慢性疼痛の痛み閾値を健常人と同じ水準まで上げる
3.有酸素運動ではドーパミンが発生するので、これを利用すれば薬に頼らず慢性疼痛をコントロールできる

リハビリによる慢性疼痛への効果は、かなり期待できるとのこと。
今回、講師として授業をしてくださった先生は、星薬科大学の成田年でした。非常に興味深く、また、大きな臨床的な意義を持つ研究なので、論文には目を通したい。


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